プロジェクトブームを思ったー新幹線車内よりー


さて、さて、社会現象。
これは、私たち自身の姿にも言えることで、見直すきっかけになっていることなので書くことで見つめなおしています。
今や東北はたくさんのプロジェクトだらけ。
おいて被災地仕事支援プロジェクトがいろいろあるようです。
アクリルたわし、
刺し子ふきん
ばあばの手(手芸・工芸)
そして【織り織りのうた】の古布を再生した手織りマット
・・・
知らないだけで、もっとあるのかもしれません。
これからはそういった縦(三陸の北〜南まで)繋がりを上手にせねばなりません。

【織り織りのうた】プロジェクトは、夫婦二人で思いつきで始めた、昨年震災後の5月からの活動でした。
組織でもなんでもない、個人でできることからはじめたまで。そして、もともと200名あまりの小さな漁村だからこそ、見落とされ素通りされがちです。お手伝いしたいと感じたのです。

しかしこの、「できること」というのが、当初とは違って今は「問題」と感じる。寸差で「余計」になるから。

我々のような仕事支援から、大企業の復興プロジェクトまで、つまり、社会全体でそういうことが始まっていて、崩壊は誕生として展開しているから、これからはもっと、「善きに」と思考する発案の数だけプロジェクトは増えていくのでしょう。
「してあげたい」「そうしよう」「さあ!」
うーむむ。
どうなのでしょう?

視点は、ほら・・・
被災者の個々のケアではなくて
経済復興?
もっとも確かに、経済の復興が人々を救うと思いがち。でも本当に経済が豊かになれば、個人の心も豊かになるのか、というところを考えねば、本当の救いにならないなあ、と。
例えば、もともと漁師一筋、海を愛するおっとさまの手から、その仕事を離れるような選択を迫ることにならないのかな?とか
その復興の新しい仕事は高給で、専念するにいい仕事かもしれないけれど、「清らかな水と豊かな森のシンフォニー(岩泉町の標語)」の中でお暮らしになっていたお父さんやお母さんの心から、その標語を忘れさせてしまうような毎日になったりはしないかしら?とか
復旧ではなくて復興だ!という声がありますが、復旧があって興るのでは?とか

何もわかっていないこの身が申しているだけかもしれないが、
やっぱり社の成長へ、発展へ、業績へ、「復興」という名目を使って「戦略」になっているよーな、いないよーな・・・
「やさしくないよそれは・・・」って思うことが、お会いする「復興への力添えに来ている◯◯です」という方々の一部に感じている。
もちろん、全て奉仕に捧げている方もいるようですが。

大勢の背広姿の方の集まりを見ます。
いらしているおひと方、おひと方、どんなお気持ちでいらしているのだろうか?
だれかの案に「それはいいね!」と乗っただけでは?
実際に自分の肌で感じたことを経験したあとに、その方を想って今ここに来ているのか?
提案に賛同しただけではないか?

何かするの?
それはあたらしいこと?
本当にこの場と時代に善い流れなのかな?

その出張旅費は?
宿泊費は?
大勢で動けばそれなりにお金がかかりますよ?

と、思ったりしてしまう。

被災者のみなさまはきっと、推測ですが、どこかでこう感じていると思う。
あたしたちは震災以来、全国の皆様からの支援に恵まれ、ありがたい感謝の気持ちでいっぱいで、ある意味で幸せです。と。
今は、仮設も狭いし、できるだけ質素に、物を増やさず、お金を使わずに工夫して生活することをしていますよ。と。

で、ここからが別れていて…
「そうした工夫生活によって学んだこともたくさんあって、幸せに「復旧へ(再生)、そして復興(誕生)の心でやってくよー」
とポジティブ〜♪
「・・・でもね昔はあれがあったな、これがあったな、ってやっぱり比べてしまって、みーんな流されちゃったから」
とネガティブー。仕方ない、その気持ちもわかりますが、そう考えるとずっと幸せ、来ないのではないかなあ?

確かに、みんななくした。究極の平等。
平等と思って解決できればいいんだけれど。やっぱりがあるのでしょう。
仕方がない。目に見える形は解りやすいから。
なくしても、心にのこっているダイヤモンドを見ていてほしいな。目に見えなくても、ほら、ある(豊かだ)。
ないとおもってしまったら、ない(苦しい)。

小さな物は小さいのだろうか?
大きなものが大きいのだろうか?
ダイヤモンドと思い出の小石
立派な家と思い出の作業小屋
お父さんの姿なくてもある
お母さんの姿なくてもわかる

個々の想う平等でいい。それを赦せたら幸せよ〜。
おんなじになりたいくない、差別化を思ったら不幸せだ。

何かこれが欲しいとか
あれが欲しいとか
ある意味で差別化でしょ。
人は差別化が好きなのかもしれませんね。

自分の土地
自分の畑は立派にしたいぞ!
私の家
自分の財産
先祖代々の財産
私の業績
私の跡を継ぐもの

仮設での生活をするようになって、7週目です。
7週間、7回訪れるごとに(週の3日間を過ごしています)頭が膨らむ位、いっぱいになることを身体が感じ、
感じるので思考は働くし、思考によって心、そう感情はぐわんぐわんと動かされています。

仮設の空気の流れが悪いとか、寝床が変化したとか、ちょっと疲れぎみか・・・という理由だけではない、身体に顕れる症状は、完全に頭(思考と思考による感情の隆起)のヒートアップなのでしょう。それくらいたくさんのことを感じる毎日。少し、静かにしたいというのが本根。しかし、そのホンネさん、騒がしいのは周りではなくて、感じている私の心ということになります。
お陰でここのところ、毎朝のヨーガでバランスをもとに戻すのに、大変なエネルギーを使う必要があって、朝の時間が足りない。

それにしても、これまで1年以上、月に一度の活動をしてきたので、ある程度の理解し合いのもとに、ここでの場によって成していこうと思っていたわけだが、いやいや・・・。たくさんのことが見えてきています。最初からやりなおし。いつも、今が最初で最後だと改めて思う。何かをしようというのだけは辞めだったね、と、最初からそう思っていたのにまたあらためて決断し直しています。
とにかく感じる今の立ち位置をよく理解して、この仮説の4−8になれたらいい。
はあ〜、本が一冊書けそうです!

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About 織り織りのうたプロジェクト
三陸いわて被災地から手仕事を! 「織り織りのうたプロジェクト」は被災地の手仕事を生かすため立ち上げられた支援プロジェクト。東京狛江市と岩泉町の女性たちが紡いだ絆。古布リサイクルの裂き織りヨーガマットや甲あて編みが被災地の女性たちによって織られています。

2 Responses to プロジェクトブームを思ったー新幹線車内よりー

  1. shaun says:

    被災地の手工芸品のまとめがあります。
    http://matome.naver.jp/odai/2132418896612921001

    古着その他を回収している所のまとめも。
    http://matome.naver.jp/odai/2132573981925738001

    それぞれの活動で忙しいのか、情報交換が十分でないようです。上手く協力し合えるといいですね。

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