春を染めてみませんか。〈後編〉

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厚子さんが、草木染の手紡ぎ毛糸を始めたのはいつ頃だったのでしょうか?

厚子さんは今年81歳ですが、いまから25年以上前のこと。
古くから糸紡ぎの歴史があり、牛や羊の牧場もある岩泉町へ町おこしの産業として「草木染の手紡ぎ毛糸」をやってはどうかという提案があったのだそうです。しかし当時は「なーに毛糸つくたって誰が買うって?」という反応が大方で9割が反対したのだそう。「でも、やってみねば、わかんねでねーの?」と話したのが厚子さんのご主人だったそうです。

それでも始まれば30人ほどの女性たちが講習会に集まったそうです。
先生の教えるとおりに染めてみて、出てきた色を見て、厚子さんはいっぺんで魅了されたそうです。
「うれしくなってね〜。そんな鮮やかな色、見たことないんだもの。」
「そしたらその辺のものをやたら染めたくなってね。」

その講習会に参加した町の50代の女性たちが中心となって草木染め、手紡ぎ、編み物を手がけるグループ「スピンクラフト岩泉」が発足したそうです。

「残ったのは、娘時代に絹糸紡ぎを躾けられていた女達だったよ。その下の男女共学世代はダメだった。」
「だから岩泉町ですぐに商品になったんだと思う。すでに土壌があったから。」
「このお婆さん60年以上のキャリアなんですというと、びっくりされるけど。」

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紡ぐ人たちは、「思いがけなく、また紡ぎに出会えたうれしさがあり」、

厚子さんは、「はじめて見た色への興奮があり」、だったそうです。

それからこの道ひとすじ。

* * * *

そうこうするうちに、20分たちましたので、今度は布をそれぞれ薬品を溶かした媒染液に漬けます。

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色が濃く変わりました。媒染液に漬けるのは、そのままだと洗濯などで色落ちするため色を定着させる意味と、抽出液と媒染液の組み合わせで好みの色に持っていくためだそうです。

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インド茜の方は、少し赤みが増しました。触媒は、自然由来のものを使うこともありますが、普段は製品として一定量の色を出す目的があるので薬品を使用しているそうです。

媒染液に漬け、また20分放置します。ここまでが、1工程。

これをもう1工程繰り返します。ふたたび、抽出液に戻し20分、媒染液20分。
それぞれ色の具合を見ながらやりますが、好みの色が出たらストップして水洗いします。
濃くしようとあまり液につけすぎると生地が傷んでしまうそうです。

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見てください。この染め上がり。
なにより、染めていて本当に楽しかった。あっという間の作業でした。

これを小本仮設に持ち帰り、のんびり浜風に干しました。

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次回は、5月25日に再訪します。

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About 織り織りのうたプロジェクト
三陸いわて被災地から手仕事を! 「織り織りのうたプロジェクト」は被災地の手仕事を生かすため立ち上げられた支援プロジェクト。東京狛江市と岩泉町の女性たちが紡いだ絆。古布リサイクルの裂き織りヨーガマットや甲あて編みが被災地の女性たちによって織られています。

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