3月29日へ寄せて…

津波てんでんこ20140329

小本記事20140329

以前に「先祖になる」という映画を鑑賞しました。
宮古地区での映画の初日で、出演者や映画制作にあたった監督もいらして直接話しも伺える日でした。
映画はドキュメンタリーです。陸前高田で被災にあった佐藤直志さん77歳の震災後の毎日を追っています。昔むかしからこの土地で農林業を営んでいた直志さんは毎日樹木に、先祖にお礼を言いながら暮らし、周囲から親分と呼ばれ、呼ばれるに相応しい方でした。家は大津波で壊され、消防団員の長男は波にのまれました。「何があっても仮設住宅に行かない」。自分で元の場所に家を建て直す。
頑固一徹ではない、土地に根ざし、土地に生きる人々の行く末をおもう彼の強さと優しさ。生きることの本質をわたしたちに問いかけてくる作品でした。
映画の中では木こりである直志さんが、一本一本に礼を悉くす姿があり、自然の力に感謝し、生かされあって暮らしている生き様が伝わってきます。
挨拶では「私は当たり前のことを当たり前にしていただけです。」と謙虚にも強くお話になられている姿が印象的でした。

第3者である私はさまざまな経験とリンクしました。

 成瀬貴良先生(わたくしのヨーガの師匠ですが)がおっしゃられます。
「私たちはつい楽な方へ、楽な方へと引っ張られてしまうものです。だから3つたいせつなことがあります。
ひとつは実践を継続すること
ひとつは教典などの教示から学び続けること
そして最後は、尊敬する人や先人、聖者の姿勢に学ぶことです。」
最初の二つは自分自身の努力も必要ですが、3番目は、大好きだったり、尊敬するひとならどうするかなあ〜って思うんです。

 実際に被災に遭い、仮設に世話になり、復興に尽力されている従兄弟と交わした、こんな言葉も印象的にリンクします。
「これまでもここはこうした壊滅がたびたびあったんだ。明治の津波、昭和8年の津波、昭和20年の大火災…全部じぶんたちで片付けて立て直してきたんだ。「おまえらなにやってんだ」って声が聞こえるんだよ」

 私自身も織りとヨーガに密着して関わった2年目の1年を仮設で週の3日間を過ごし暮らしました。
寒い。カタイ(地盤?)。隙間があって冬は冷たい風が、夏は虫がどこからか入ってくる。雨や風の音がトタンに強く響く。揺れる。つつぬけ。
提供していただいたものですから、何より感謝なのです。しかし、もし自分たちで何とか工夫して暮らしたならばどうだったでしょうか。
 身体の面でも急に肉体的な労働が減り、また仮設住宅という限られたスペースでの行動領域も変わりました。体力が落ちます、体力が落ちると気力もなくなってしまうことが多分にあるものです。

 記事にある「事業完了」復興事業とは、何が復興するのだろうか?カタチの復興に多大な時間とお金が動きました。津波で失われなかった唯一の、一緒に生きてゆけるという先祖代々の手綱の土地を、町に寄付に近い状態で手放した方が実際にあってのことです。山が削られました。津波から免れた木々も一時のヒーロー、結局切り倒されました。それらの上にカタチが完成したのです。

複雑な心境?
いえ、はっきりとイタイ!
地球がイタイと哭いています。
いのちの星星が涙をながし、どんどん流れています。

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About 織り織りのうたプロジェクト
三陸いわて被災地から手仕事を! 「織り織りのうたプロジェクト」は被災地の手仕事を生かすため立ち上げられた支援プロジェクト。東京狛江市と岩泉町の女性たちが紡いだ絆。古布リサイクルの裂き織りヨーガマットや甲あて編みが被災地の女性たちによって織られています。

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