岩手日報エコバッグ再スタート!

小本仮設4−8では、手しごとを推進しております。
被災に遭われた方々のこうした手仕事プロジェクトが各地で起こっています。
日本のモノが豊かなモノとなる時なのかもしれません。
全国から寄せられた古布を利用させていただいて
また日常にある宝物?!を目利きをもってみつけて
心をこめることで、
どんなモノにもこころが宿ります。

本来あらゆるコトモノは、そうやって必要性があって意味や役割があって生まれたのでしょう。
そのことを改めて感じてモノをみつめたい気がします。

さてさて、
新聞を利用したエコバッグ
四万十川で生まれ岩手にもやってきました。
岩手のエコバッグの特徴は
岩手日報を利用していることです。
2011.3.11以来で連載し続けている「被災者の今」を表面に使いました。

仮設では昨年末から制作作業をはじめなかなかの好評をいただいておりまして、
要望もあり、形を岩手風に変化させ再スタートです。

岩手風とは・・・
このあたりでは、女性は手に手にバスケットのような底の広い籠を持っています。
買い物の品がすっぽりと入り、傾きもせず、型崩れもせず、使い勝手がいいことを使ってみて知りました。
人の多い混み混みした中では勝手がわるいかもしれませんが、
すぽっとしていていいものです。
是非お試しください。

また、
パン屋さんや
フルーツ屋さん
八百屋さん
ケーキ屋さん
飲み屋さん
で常設されませんか?販売店さまを募集します。

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オーダーメイドが完成。お手紙ありがとうございます。


ヨーガ教室で、古着処理の活動をしてくださったのでしょう、織りの材料であるTシャツをきれいに処理され、布状態となって送られてきたのが、5月末。そして、同時に、マットの注文をお受けしました。
虹マットと

みなさんで作業したこれらのTシャツを織り込んだマットを…

我々は織手さんと円陣になって、送られてきたTシャツひと通りを眺めました。
「虹かね」
「いやあ、青っぽいのが多いよ」
「陽の赤もおおいね」
「夜から暁、夜明けへと変化する『海マット』にしましょうか?」

そうして出来上がりました。
発送日前夜にできました。

みなさま目を閉じて想像ください。
夜の海から暁、夜明けへと変容する景観を・・・

メールが届きました☆彡一番嬉しいのがこうしたメールです。
*********
【織り織りのうた】早野様、織り姫の皆様へ

気持ちのこもった素敵なヨーガマット、ありがとうございます♪

ヨーガ教室から送った布を織り込んでもらったので、親しみが持てます。
「おかえりなさい!」と迎え、すぐに我が家に馴染みました。

二枚のマットのうち海のマットは、私自身のマット。
虹のマットは、会の仲間のマットです。

私は太陽礼拝を日課にしているので、海に夕日の光のある柄はぴったりです。
今朝は新しいマットで、気持ちよくヨーガしました。

次回ヨーガ教室でお披露目するつもりです。

これからも素敵なマット、織り続けてくださいね。
応援しています♪

          ゆったりヨーガ☆Shantih
*********(ご了解を得まして掲載させていただきました)

織手さんの気持ち

最近になって、いったん途絶えた注文をまたいただくようになりました。
改めて「ありがたいですね」と話しています。

注文いただいたマットにお手紙を添えることにしました。

そんな気持ちになったのは
制作にゆとりも出てきたのかな。
いえいえ・・・
そういうこともあるかもしれませんがー
織る時間以外の普通の生活時間が少し静かになってきたのかも。。。
これまで
仮設に居て、聞こえてくる不平や不満の声、
今とかつてとを、何かのごとに比べるおもいおもいの感想
玄関をでれば、誰か見ている雰囲気
お付き合いの立ち話

こういったことが少し静かになったのかも。
慣れてきた
話しても変わらない
待っていても変わらない
このままだ

いい意味で不便だけれど生活に慣れ、
別の意味で
覚悟ができた、のか。

ただ織る
織手さんはいいます
「あー集中しよっ。だれか来るとだめだあ。静かに織りたいね。ありがたい気持ちだけでいっぱいになるもの」

織りをつなぐ
こころをつなぐ

織り織りのうた♪

夏ですが「雪(ゆき)マット」新発売です。

既に大好評いただいており、注文を有りがたく頂戴し、お待ちいただいておりますが、
「休めねえ、稼ぐんだあ(稼ぐ=働く)」と燃えている織手さんです。
いかがでしょうか?
長さは、1メートル(風呂、玄関マット用?)
60センチ(ほぼ正方形 瞑想用)
120センチ
と自由に受け付けられます。
お待ちいただくことになることもありますが、お気軽に相談ください。

皆様の笑顔を思って織っているので、わがままこそ歓迎なんです(織手さんより)。
*写真の上で説明や値段が出ます。

夏バージョン再開!「メヘンディー調 甲あて(綿糸)」 

【織り織りのうた】織手さんは現在2名。
せっせ、せっせと毎日織られています。
また、織りはできないけれど、布処理や編み物の内職でお手伝いいただく方は他8名程。
その編手さんより発信です!
昨年に続き「メヘンディー調 甲あて(綿糸)」申し込み受付スタートです。
ご注文くださーい。

内職は嬉しいお仕事です。
お家で出来る仕事ですから。

織手さんが増えないことにも理由があります。
したくてもできないのです。

車があって内陸まで自分で運転できる
家族が昼間留守になる。家を空けられる
立ったり座ったり、運んだりがある程度できる
創造がすきである
…という条件を満たす方が少ないのです。

小本地区は特に他の被災地区に比べて高齢。昔からの善さが残った独特の地区。ここにいる皆様で、小本らしいことで小本を紹介し続けたいですね。
上記の条件が満たなくて、織れない方による編み物、「メヘンディー調 甲あて」の綿糸(オーガニックコットン)バージョンの販売、再スタートです。

オリジナル商品も受け付けます。
材料を送ってくだされば何でも「こしらえます」と編み手さん。

写真でご紹介です。(写真上でカラー名、値段が出ます)
お申し込みは oriori(アットマーク)tryambakam.jp(*アットマークを@に変換してください)よりどうぞ。

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プロジェクトブームを思ったー新幹線車内よりー


さて、さて、社会現象。
これは、私たち自身の姿にも言えることで、見直すきっかけになっていることなので書くことで見つめなおしています。
今や東北はたくさんのプロジェクトだらけ。
おいて被災地仕事支援プロジェクトがいろいろあるようです。
アクリルたわし、
刺し子ふきん
ばあばの手(手芸・工芸)
そして【織り織りのうた】の古布を再生した手織りマット
・・・
知らないだけで、もっとあるのかもしれません。
これからはそういった縦(三陸の北〜南まで)繋がりを上手にせねばなりません。

【織り織りのうた】プロジェクトは、夫婦二人で思いつきで始めた、昨年震災後の5月からの活動でした。
組織でもなんでもない、個人でできることからはじめたまで。そして、もともと200名あまりの小さな漁村だからこそ、見落とされ素通りされがちです。お手伝いしたいと感じたのです。

しかしこの、「できること」というのが、当初とは違って今は「問題」と感じる。寸差で「余計」になるから。

我々のような仕事支援から、大企業の復興プロジェクトまで、つまり、社会全体でそういうことが始まっていて、崩壊は誕生として展開しているから、これからはもっと、「善きに」と思考する発案の数だけプロジェクトは増えていくのでしょう。
「してあげたい」「そうしよう」「さあ!」
うーむむ。
どうなのでしょう?

視点は、ほら・・・
被災者の個々のケアではなくて
経済復興?
もっとも確かに、経済の復興が人々を救うと思いがち。でも本当に経済が豊かになれば、個人の心も豊かになるのか、というところを考えねば、本当の救いにならないなあ、と。
例えば、もともと漁師一筋、海を愛するおっとさまの手から、その仕事を離れるような選択を迫ることにならないのかな?とか
その復興の新しい仕事は高給で、専念するにいい仕事かもしれないけれど、「清らかな水と豊かな森のシンフォニー(岩泉町の標語)」の中でお暮らしになっていたお父さんやお母さんの心から、その標語を忘れさせてしまうような毎日になったりはしないかしら?とか
復旧ではなくて復興だ!という声がありますが、復旧があって興るのでは?とか

何もわかっていないこの身が申しているだけかもしれないが、
やっぱり社の成長へ、発展へ、業績へ、「復興」という名目を使って「戦略」になっているよーな、いないよーな・・・
「やさしくないよそれは・・・」って思うことが、お会いする「復興への力添えに来ている◯◯です」という方々の一部に感じている。
もちろん、全て奉仕に捧げている方もいるようですが。

大勢の背広姿の方の集まりを見ます。
いらしているおひと方、おひと方、どんなお気持ちでいらしているのだろうか?
だれかの案に「それはいいね!」と乗っただけでは?
実際に自分の肌で感じたことを経験したあとに、その方を想って今ここに来ているのか?
提案に賛同しただけではないか?

何かするの?
それはあたらしいこと?
本当にこの場と時代に善い流れなのかな?

その出張旅費は?
宿泊費は?
大勢で動けばそれなりにお金がかかりますよ?

と、思ったりしてしまう。

被災者のみなさまはきっと、推測ですが、どこかでこう感じていると思う。
あたしたちは震災以来、全国の皆様からの支援に恵まれ、ありがたい感謝の気持ちでいっぱいで、ある意味で幸せです。と。
今は、仮設も狭いし、できるだけ質素に、物を増やさず、お金を使わずに工夫して生活することをしていますよ。と。

で、ここからが別れていて…
「そうした工夫生活によって学んだこともたくさんあって、幸せに「復旧へ(再生)、そして復興(誕生)の心でやってくよー」
とポジティブ〜♪
「・・・でもね昔はあれがあったな、これがあったな、ってやっぱり比べてしまって、みーんな流されちゃったから」
とネガティブー。仕方ない、その気持ちもわかりますが、そう考えるとずっと幸せ、来ないのではないかなあ?

確かに、みんななくした。究極の平等。
平等と思って解決できればいいんだけれど。やっぱりがあるのでしょう。
仕方がない。目に見える形は解りやすいから。
なくしても、心にのこっているダイヤモンドを見ていてほしいな。目に見えなくても、ほら、ある(豊かだ)。
ないとおもってしまったら、ない(苦しい)。

小さな物は小さいのだろうか?
大きなものが大きいのだろうか?
ダイヤモンドと思い出の小石
立派な家と思い出の作業小屋
お父さんの姿なくてもある
お母さんの姿なくてもわかる

個々の想う平等でいい。それを赦せたら幸せよ〜。
おんなじになりたいくない、差別化を思ったら不幸せだ。

何かこれが欲しいとか
あれが欲しいとか
ある意味で差別化でしょ。
人は差別化が好きなのかもしれませんね。

自分の土地
自分の畑は立派にしたいぞ!
私の家
自分の財産
先祖代々の財産
私の業績
私の跡を継ぐもの

仮設での生活をするようになって、7週目です。
7週間、7回訪れるごとに(週の3日間を過ごしています)頭が膨らむ位、いっぱいになることを身体が感じ、
感じるので思考は働くし、思考によって心、そう感情はぐわんぐわんと動かされています。

仮設の空気の流れが悪いとか、寝床が変化したとか、ちょっと疲れぎみか・・・という理由だけではない、身体に顕れる症状は、完全に頭(思考と思考による感情の隆起)のヒートアップなのでしょう。それくらいたくさんのことを感じる毎日。少し、静かにしたいというのが本根。しかし、そのホンネさん、騒がしいのは周りではなくて、感じている私の心ということになります。
お陰でここのところ、毎朝のヨーガでバランスをもとに戻すのに、大変なエネルギーを使う必要があって、朝の時間が足りない。

それにしても、これまで1年以上、月に一度の活動をしてきたので、ある程度の理解し合いのもとに、ここでの場によって成していこうと思っていたわけだが、いやいや・・・。たくさんのことが見えてきています。最初からやりなおし。いつも、今が最初で最後だと改めて思う。何かをしようというのだけは辞めだったね、と、最初からそう思っていたのにまたあらためて決断し直しています。
とにかく感じる今の立ち位置をよく理解して、この仮説の4−8になれたらいい。
はあ〜、本が一冊書けそうです!