本年初のご挨拶 織りなし始まる織り織り (1月4週目)

実は、1月の6日にも訪れておました。
が、それは【織り織りのうた】のもう一つのメッセージ…
「いまだけを織る」
というヨーガ実習の訪問でした。

織りの工房へ訪れたのは本年最初となりました。
「清き春は、こうして私たちのもとへとやってまいります。
純白の雪面に立つように、凛とした心のはじめを、
家族でだまって囲む炭火のオレンジのような志を、
蠢く春のちからを感じさせてくださいます。

謹んで本年を迎えましたお慶びを申し上げます。
どうぞ今年も共に 織り織り 重ねてまいりましょう」

と、織姫様と正座して向き合い
ご挨拶を交わしました。

行路の牛が
「今年もよろしくモー」と言っていましたので、
「今年はウマ年よ」といいましたら
「ウマもウシもあなたも、モーでいいのですよ」
と言われました(・・・と聞こえた感じ)

あ、ウシの写真、消してしまいまいましたw(・_・;)
ワカサギ行はじまっていました

湖の上の遊牧民テント

湖の上の遊牧民テント

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ガレキの野に咲くこころの花

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「すごいの出来たよ〜。ほら見て!」
昨年の暮に織り手さんがバっと広げて魅せてくれました。

息を呑む。とはこういう瞬間。
そこに命が溢れていました。
まぶしい色の光で溢れていました。

* * * *

明けましておめでとうございます!
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

早いもので大震災から2年10ヶ月となりました。
もうすぐ3年の月日が経とうとしています。

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小本水門からこちら山際の林道までつなげられた新しい防潮堤(避難道路)
津波が来た小本中学校体育館の校庭は防潮堤で埋まってしまいました。

昨年末、三陸被災地の1年を振り返る番組や報道などをご覧いただいた方もあるかと思いますが、
「被災町民たちにとっての復興」といえるものは、実のところほとんど進んではいません。
報道では、なんとか目に見える変化の兆しを捉えようとしていましたが。

それこそ予定通りに進行しているのは、防潮堤や鉄道交通などの土木工事、漁港水産関連施設の新築などでしょうか。こういった工事が先に進む背景は、「復興」ではなく「復旧」であって、そこには複雑な利害関係はなく国や県からの復興予算や補助金によって施工されるからです。

ところが、本来の復興である個々の被災者らが失われた財産である家、仕事場などはようやく移転地買収のめどが立ったところで新しい年度からようやく工事が始まるのかといった状況です。
緊急に進められるべき被災者の暮らしを置き去りにするかたちで、緊急ではない巨大な防潮堤や造成などの土木工事が目の前で濛々と進んでいます。この行き場のないジレンマと憤りをずっと抱えたまま3年近くも翻弄され続けてきました。ものすごいストレスだったと思います。ある日突然、目の前で家族やすべての財産を失ったとき、どうやって取り戻していくか方法なんて誰もわからないことです。
ほんとに寒い仮設にみなさんあれからずっと住んでいますし、家建てるまであと3年ぐらいかかるんですよねなんて、口にだしたら凍りつくような空気です。

しかし残念ながら、こうした遅々とした復興の進み方と状況は劇的には変わらないと思います。
みんなが思っているよりもっと時間はかかるということです。
震災は一瞬にして多くの人の命と町の風景すべてを破壊してしまいましたが、
それを取り戻すのは、何年もかけて町並を作ってきたように、話し合いながら時間をかけて進めていくほかないのではないでしょうか。それは他の誰でもない今の自分達しかできないということなんだと思います。

しかし、時間がかかるのは困るという人はいます。
「そんな悠長なことは言ってられない、いったいどうやって暮らしていくんだって?
ほとんどは高齢者でこれから働く気力も体力もない。待っているうちに死んでしまうべ。」

当然です。でも、厳しい言い方かもしれませんが、
もうそろそろ被災者意識は止めたほうがいいのではないでしょうか?
それは支援される側も支援する側の意識も共にです。
長い目で見て続けれらないものや自分にとって必要のないものは、もう峠は越えてきたので手放すべきです。
一度すべてを失い絶望の淵を見てしまったので、ついつい、もらえるものやようやく手にしたものに執着して離さない人が多いです。

いましっかり前を向いて、みんなが自立できるように、あらためて行動を起こしていく時に来ていると思います。
そのために必要な要望は、どんどん行政や地域に発信していくべきだし、私達もそうした気持ちを汲んで自立に向けた支援を続けていきたいと思います。彼らの後ろや脇で見守るフォロワーでありたいとずっと思ってきました。

ぜひブログをご覧の皆さんには、いま一度、彼らが必要としていることは何なんだろうと思いを馳せてもらいたいと思います。震災当時は忙しくてボランティアなんかできなかったけど、被災地の人と仕事とかで手助け出来るんだったら楽しいかもとか思っていただけるとありがたいです。そうした窓口はいま様々な団体や企業の方々も三陸に乗り込んで進めていますので、少しづつご紹介していきたいと思います。今後はつなぐ役目となれるでしょうか。

「でもさ「織り織りのうた」なんてたいして儲かりもしない織り物を続けてどうするの?」
それは私達にも織り手さんにも何度も突き付けられた意見であったし、この一大事に喫緊の最優先のことではないのかもしれません。

ではどうして織り続けるのか?

「織っているとき楽しいんです」
「そして美しいんです」
「そして清らかなんです」
それは、圧倒的です。心が震えるぐらいなんです。

私達はこの織物を「うた」と名づけましたが、本当に歌をうたうように織りびとのこころの波動を伝え、
それは手にとった瞬間にぶわ〜っと伝わってきたからなのです。

織り織りのうたを織りはじめてもう2年半が過ぎました。
織物を受け取りに行くときに、「漁も忙しそうだし、そろそろ辞める時が来るのかな」などと思いよぎったこともありました。
でも・・・。仮設工房の扉を開けるといつも満面の笑みで私達を迎えてくれるのです。

「すごいの出来たよ〜。ほら見て!」

ただただ、感謝に堪えません。
あたらしい夢や希望を人の輪が人の手が生み出した瞬間なんです。
本当に涙が出そうな瞬間なんです。どうしてやめることなど出来ましょう。

織り織りのうたは、花のようです。
ガレキの野に咲いたこころの花なんです。

またそれを摘みにいきます。
そしてみなさんにお届けしたいと思います。

最後までお読みいただきありがとうございます。
本年も引続き、温かいご支援のほどよろしくお願い致します。

三陸のともしび 早野正寿