本日7月27日被災後初のウニの『口開け』

昨日小本地区に漁協組合の放送が流れました。
キンコンカンコン〜♫
『明日、ウニの口開けは午前4時30分〜午前7時の間で行います。』
織手さんは、漁協に務める奥様と、元漁師の妻です。
明日、口開けなんですね。
「そ〜、口開けだあ。今日は早くねないと。」
「みにいこうかなあ〜。見に行ってもいいものなのかしら」(智子)
「はあ、見れるこった。そう、熊の鼻からなら船が行くのがみえるこったねえ。4時に行ってごらん。」
(熊の鼻からみるのね!よし。智子も明日は口開けだ!でも、熊の鼻からは浜が見えるのかな〜。口開けって、どこでするんだろう???)と想像しながら頷く智子。

(4時に熊の鼻ということは、3時過ぎには起きないと!)

前夜21時。夜9時になると音楽が流るんです。
既にしずか〜な小本仮設住宅内に流れます。
みーんな
「おやすみなさい」
の合図だそうです。
この時間に休まないと、漁師は務まらないのかもしれませんね。

さて、今朝4時半。
ちなみに、口開けというのは、皆さん総出でウニの殻を開けることを言うのかと思っていました。
「その時間内、採っていいよ」
ということだそうで、鮭でもアワビでも同じように『口開け』というそうです。
やっとわかりました。

後で聞きました。
漁師さんの話だそうです。
「漁?今朝はおらあ、船乗りだったあ」
「漁師じゃねえこったあ」

水が濁り、見えなかったそうです。
採れなかったという漁師さんの話です。

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最近のこと・・・「てんでんこ」のその先。


最近になって、地元岩手県岩泉町でも【織り織りのうた】仕事支援商品:ヨーガ・マットが購入されるようになってきました。
嬉しいことです。
こころから嬉しいな。この最近のnewsを織っている被災者さんに早くご報告したいな、と思いました。

このプロジェクトは、被災地以外の、どちらかと言うと物資等支援下さる東京や関西、北海道など東方以外の方へ向けた発信でした。
被災から時が発つほど、今自分が任されている世界の忙しさと格闘する日々となり、少し離れた視野を忘れてしまいます。自分等がこうしてたっている生まれた地域や日本という全体のことを忘れてしまって、とっても狭い中で一生懸命になってしまうのかなあ。しかしこれはとても当たり前のことだと思います。だからこそ、今被災地とを往復する気付ける者が発信するればよいのだろうと【織り織りのうた】があると思っています。

その割にブログの更新が少ないかしら?

さて、岩手は岩泉町をご存知でしょうか?
被災を覆った東北海側の約300キロ。
中でも小さな漁村小本港が【織り織りのうた】の拠点。
この小さな地区は、日本一大きな面積を持つ町が岩泉町。

そして、小本のことを。
岩泉町は大きいので、内陸と海側では、言葉も文化も気温も暮らし方も違います、と言えるでしょう。(どこにも書いていませんが、行っていて感じました)で、海側であり、被災した岩泉町小本地区は若い力がちょっとだけ不足している。むかしっからここに生まれ育った人々で助けあって、支えあって、分かち合って暮らしている地区なんです。

被災でも有名になった言葉に
「てんでんこ」
があります。
一言でこの意味を言うならば
「おのおので」
ということ。
おのおので。これが…厳しく聞こえますが、もっともなやさしさなんですね〜。つくづく感じている最近です。

同じ町だけれど、てんでんこ。
海側は被災後の復興にむけがんばっぺし!
内陸は、日々のくらしにがんばっぺし!海側の気持ちもわかるっけ、互いにがんばっぺし。みまもっているけ、がんばっぺし!
といったところなのでしょう。
内陸には内陸の田舎くらしの日々のぎりぎりのがんばりが必要なのですね。
そうして、自分が自分の役割で頑張ることが、結果的に町の活性化へ届き、被災地へも伝わっていく...と考えるのでしょう。とても力になる手段だと感銘します。
ヨーガに学んだことと同じ。
自分の役割を全うすることこそ、全体の流れの一部となることになり、全体への役割の一部になれるのだと。

で、そのような暮らしの中でも、買っていただけた。
この事実は
支援の心なら、お金が少々あればできるかもしれませんが、そこにプラスされる…+織手さまへの、このすばらしいマットを織っているよ、という貢献の表彰をされたようで(勝手に舞い上がっているのかもしれませんが)・・・嬉しかったんです。

これが最近のこと。